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綴る

日々のあれこれ、これまでと、これからと

「おめでとう」って言わない

雑記

私の周りでは、もう第三次結婚ブームが訪れている。第一次は中学の時の友だちで、彼女たちは高校を卒業して就職し、2,3年たってから結婚した。第二次は大学までの友だちで、彼女たちは大学を卒業して就職し、2,3年たって結婚した。そして今の第三次結婚ブーム。大学を卒業して就職し、5年以上たち、就職先で順調にキャリアを積み、あるいは転職したりして落ち着きはじめた友だちが、結婚するようになっている。

SNSのタイムラインには、結婚しました、結婚します、という報告がしばしば見られるようになり、「いいね!」がたくさんついていたり、「おめでとう~☆」というコメントが書かれ、ひとつひとつのコメントに「ありがとう」と律儀に返事をする友人もいる。

結婚することを報告されたとき、私はいつも何て返事したらいいのか分からず困る。「おめでとう」と返すのが常識だけれど、結婚することがなんでそんなにめでたいのかが分からない。特定の人(しかも日本では異性に限定されている)と生活を共同する契約を結ぶことが、なぜめでたいのか。男性だったら一人前の「男」になれたから?女性だったら、生活が安定するから?それとも、「愛する人」が見つかったからだろうか。

「おめでとう」って言いにくいなと思い、「おめでとう」ではない他の言葉はないか常々考えているのだけれど、結婚した/することに対して「おめでとう」以外に言える言葉は全くといっていいほど存在しない。私としては、「へーそうなんだ」とか「よかったね」くらいがちょうどいい。けれど、こんなことを言ったら、きっと私は冷たい人だと思われるだろう。「おめでとう」と、全力で祝うことが求められているのだ。

大切な友だちが、嬉しいと思っていることを、私も喜びたいし、その気持は共有したいと思っている。でも、私が「おめでとう」と言いにくいのは、結婚することは女性にとってももう人生のゴールではないし、結婚したら女性の負担が大きくなることを知っているからだ。

相手とうまく生活し続けられるのならば、それはそれで充実した日々を過ごせると思う。でも、相手とずっとよい関係でいられるかどうかなんて、分からないじゃないか。何かのきっかけで、相手がDVになることだって十分にある。

結婚するまでにも大変なことがあると思うけど、結婚することよりも別れることの方が難しいしエネルギーを多く使う。離婚が大変なのは、相手との話がもつれるから、子どもがいるから、経済的に不安定になるから、といった理由だけではないと思う。パートナーやライフスタイルを、自分で選んできたということの重みや、多くの人に結婚を祝ってもらったという事実、そういったものがプレッシャーになって、離婚しにくくなるんじゃないだろうか。

もしDV被害に遭っていた場合、離婚できない、逃げられないということは、命にもかかわるほど深刻な問題だ。DVまでいかなくても、パートナーからちょっとひどいことを言われ、嫌な思いをし続けていても、その日々が決して満足できるものでなくても、離婚できないから我慢してしまう。

社会の中の「結婚」の意味づけは、重すぎる。結婚はそこから何か新しいものが始まるスタート地点ではなく、いろんな出来事と同列のただの通過点や、あるいは選択肢のひとつ、のようなものでいいと私は思っている。だから私は、今度結婚するよーと教えてくれた友だちに、「おめでとう」とは言わない。生活環境が変わればつきあいかたも変わらざるを得ないこともある。でも、結婚してもしなくても、あなたはあなた。あなたが私にとって、大切な友人であることは変わらない。