綴る

日々のあれこれ、これまでと、これからと

初めてネイルサロンに行って思ったこと

最近、ネイルサロンに通い始めた。ネイルサロンに行こうと思ったきっかけは、爪の縦割れがひどくなったからだ。ストッキングを履いたり脱いだりするときや、シャンプーをするときに、ストッキングの繊維や髪が割れてる部分に引っかかり、痛い思いをした。

最初はこまめに爪を切ったりしていたが、それでも耐え切れないときは絆創膏を貼ったり、不織布テープを巻いたり、腹が立って瞬間接着剤を割れてる部分に少し垂らしてくっつけたりしていた。

でもそうするとさすがに見た目もよくないということに気づいて、久しぶりにトップコートを買って、マニキュアを塗るようになった。中学の時、夏休みの間だけマニキュアを塗ったりして遊んでいたことがあった。その時の感覚で10年ぶりくらいに自分でやってみたら、マニキュアを塗るのが下手くそで、やはりきれいにならなかった。

ジェルやカラーネイルはしなくていいから、単純なケアだけやってくれるネイルサロンがあるんじゃないか。探してみたら、近所に安くやってくれるサロンがあり、行ってみることにした。

私はずっと爪にコンプレックスを持っていた。長い間ピアノを習っていたから爪を伸ばすことができなかった。元々横長のいわゆる「男爪」だし、爪を噛む癖も大人なっても治らず、全然きれいな爪ではなかった。だから、ネイルとかあまり興味もなかった。というか、ネイルをしてきれいな爪の自分が全く想像もつかなかった。

だから、予約はしたものの、こんな爪だったらネイリストの方にドン引きされるんじゃないかと思い、当日までハンドクリームを塗り続けて、できるだけきれいな状態にして行った。

実際に行ってみると、爪の縦割れについていろいろと相談にのってくれた。爪の状態や、ケアの方法についても詳しく教えてくれた。

やすりで削って長さや形を整えて、甘皮を処理して、最後にベースコートを塗ってもらう。爪はとてもきれいになった。それからというもの、このきれいな状態を維持しようと思うようになり、爪を噛むことがなくなった。

ネイルサロンで爪の手入れを人にしてもらうと、思いの外気分がすっきりした。それは爪がきれいになったということだけでなく、人に自分の身体を手入れしてもらうという行為自体が、何か安心する出来事だったのだと思う。

この社会で女として生きることは、しんどいことの連続だ。若ければ「きれいでいる」ことが求められる。きれいならきれいでちやほやされ、「ブス」なら侮蔑される。どちらにしても、外見だけを他者からジャッジされることに変わりはない。同じ人間だと考えられてないのだと思う。家族ができれば、子どもや家族のために、自分のことはどんどん後回しになっていく。人として大切にされる経験は、大人になればなるほど、少なくなっていく。

ネイルサロンで爪を手入れしてもらうということは、「女はきれいであれ」という社会のメッセージを強化することかもしれない。でも、爪を整えてもらったり、ハンドマッサージをしてもらったりしたことは、たとえそれがお金が介在したものであったとしても、私にとっては自分の体を人に丁寧に扱ってもらうことで、自分のことを大切な存在だと久しぶりに思えた経験だった。それが私には心地いい。