綴る

日々のあれこれ、これまでと、これからと

卵巣がんのあとを生きる

このブログを始めようと思った理由のひとつに、しんどさを考えることを、文字にすることで止めるということがった。私はしんどいことがあると、なぜしんどいのか、何がしんどいのかをついつい考えてしまう。そして考え続けることもまた、しんどくなってしまう。一度文字にして書いてしまえば、しんどさについて考え続けることを小休止できるのではないかと考えた。だから、何でも、その日その時に考えていたことを書いていこうと思っていた。

いざブログを書き始めて、私が真っ先に書いたことは、卵巣がんになった経験だった。私は卵巣がんになり、そこから生き残った者だけれども、自分が卵巣がんの患者であったこと、卵巣がんのサバイバーであるというアイデンティティはあまり持っていない。

確かに、卵巣がんの治療をしていた時、しんどいことはたくさんあった。卵巣がんの治療が終わって、自分が卵巣がんだったことを知らされた後も、しんどいことはあった。友人が出産すると、素直にお祝いの言葉をかけてあげられないし、産めない女だからという理由で、パートナーの親から交際を反対されてもいる。

でも他方で、私には楽しかったこともたくさんある。ウィッグをつけて登校していた時はちょっとしたおしゃれができたし、何より生理がないということはとても楽だ。友人と旅行に行くときにスケジュールを気にしなくてもいいし、生理痛で体調が悪くなることもない。卵巣があるかどうかは外から見ても分からないから、私が言わない限り、自分に卵巣がないことはパッシングできてしまう。

私にとって卵巣がんになった経験は、アイデンティティの核にはならなくても、ふとしたときに思い出し、あの時はどうだった、ああだったと振り返る出来事、と言った方が正確だと思う。そしてその経験は、確実に今の私の糧になっている。仕事がうまくいかないときやしんどいときは、あの時、入院中に自分で勉強を続けることができたのだから、今のしんどさも大丈夫、乗り越えられると思うようにしている。

女性のライフコースが多様化しているとはいえ、圧倒的多数の女性は結婚し、出産し、母親になっていく。そのルートに私は乗ることはできないけれども、そうじゃない生き方を選ぶことが私にはできる。あの時、死なずに生き残ったのは、私にはまだ何かしなければならないことがあったからだと思っている。そして、私が生き残ったことの意味は、今の私がどう生きるかにかかっているのだと思う。私は「かわいそうな人」ではない。せっかく与えられた生を、「産めないこと」を嘆くためだけに使うのはもったない。だから私は「産めないこと」を今も、これからも、悲観したりはしない。