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綴る

日々のあれこれ、これまでと、これからと

卵巣がんのあとを生きる

このブログを始めようと思った理由のひとつに、しんどさを考えることを、文字にすることで止めるということがった。私はしんどいことがあると、なぜしんどいのか、何がしんどいのかをついつい考えてしまう。そして考え続けることもまた、しんどくなってしま…

卵巣がんになったときの話⑥

大学進学とともに私は地元を離れた。初めての土地で一人で暮らすことは、最初はとても心細かったけれども、それも次第に慣れていった。その頃にはもう、採血・CTと診察は半年に1回でよくなっていたので、大学の夏休みと冬休みで帰省したタイミングに合わせて…

卵巣がんになったときの話⑤

手術から1回目の抗がん剤投与を経て退院して以降、毎月1週間入院して抗がん剤投与をし、2,3日は自宅療養をし、その後は登校するという生活を半年続けた。秋くらいになると、2代目のウィッグを着用するようになった。新しいウィッグは人毛でできており、ゆる…

卵巣がんになったときの話④

ショック症状を起こしてから3,4日後、今度は別の抗がん剤を使った治療が始まった。何が起こるかわからないので、最初から個室、担当医・看護師さん常駐、薬も通常のものより4倍くらい薄めて、時間をかけて投与するという厳重体制だった。そのおかげもあって…

卵巣がんになったときの話③

手術後一向に退院できなかったのは、摘出した卵巣の細胞を調べていたからだったらしい。結果から言うと私は卵巣がんだったが、このときはまだ卵巣膿腫だと伝えられていた。担当医から伝えられたのは、変な形の細胞が見つかったから、念のために抗がん剤治療…

卵巣がんになったときの話②

吐き気がひどかったのは手術した日の夜だけだったが、術後、私は微熱がなかなか下がらなかった。担当医からは、このまま微熱が引かないようであれば内診をする、と言われた。今でもそうだが、内診は不快だ。母に伝えると、いつもおっとりしている母は厳しい…

卵巣がんになったときの話①

私は16歳のときに卵巣がん(正確には境界性悪性腫瘍)になった。 卵巣がんは自覚症状がほとんどないという。私の場合、高校の部活が終わったある日、体操着から制服に着替えていたときに、普段より少しスカートがきつく感じたことがきっかけだった。最初は太…